第1079号 虚妄のジョブ型雇用
2025.4.7
当通信を読んできてくださった読者の方ならば、政府がいかに力を入れようが、コンサルがいかに推奨してこようが、ジョブ型雇用やジョブ型人事を導入しては禍根を残すことになるとこれまで何度となく、本稿で強く警鐘をならしてきたことは証明してくださるでしょう。
先週、週刊エコノミストで遂にこの懸念が実現してしまったことが報じられました。
オリンパス子会社「ジョブ型」雇用導入で200人が大量降格――自殺未遂も発生、民事訴訟に発展
大手医療機器メーカー、オリンパスの販売子会社で「ジョブ型」雇用制度の導入に伴い、大量の降格人事が発生し、問題となっている。40~50代の中堅社員約200人が、基本給を決める人事上の「等級」で新入社員相当に引き下げられ、製品運搬や回収などの単純作業を担う部署に配置転換される事例も多発した。一部の社員は、「ジョブ型雇用に名を借りた事実上のリストラ」として、降格の取り消しとパワーハラスメントに対する損害賠償を請求する訴訟を起こしたほか、精神的な苦痛から自殺未遂を起こす社員も発生している。
生産年齢人口が激減して、どこの会社も人手不足に喘いでいるというのに、ここまで人である社員を苦しめる経営が、今日現在、なお存在していることに正直、戦慄を覚えずにはいられません。それまで平均以上の評価を受けていた社員でも、ジョブ型人事評価によって、いきなり基本給が3~4割減給のうえ単純作業に職務変更を余儀なくされたという。それも大量に。そら訴訟も起きるし、うつ病にもなろうというものです。40~50代といえば、団塊の世代の子供で介護と仕事の両立が今まさに襲い始めている年齢層です。惨いことをするものです。いいですか、皆さん、これがジョブ型の正体なのです。組織人事でいちばん大切にしなければならない会社と社員の関係の質をいとも簡単に破壊してしまう装置なのです。
ジョブ型では貧して鈍していくだけだと予見
当通信では、あえて‘号外’という目立つスタイルにして2024年4月26日付けで「正解は人的資本経営ではなく人本経営です~「似たようなことをしています」が最も危険」を発信しました。そこで、以下のように警鐘を鳴らしました。
「人本経営ですか?当社も似たようなことをしていますから」今、これが最も危険です。例えば近年、人本経営に似た表現で「人的資本経営」という言葉がメディアに踊り始めています。しかし、それは依然、業績軸の経営スタイルなのです。ジョブ型はもっと業績軸です。実態が幸せ軸になっていないと、いい会社をつくるといっても、結果は昨日と変わらない明日がやってきて、貧して鈍していく未来が待っているだけです。~以上、引用
残念ながらそのとおりになってしまいました。コトが深刻なのはこのオリンパスのジョブ型人事制度は政府のお墨付きであるということです。
オリンパスのジョブ型人事を模範例としていた内閣府
内閣官房に鳴り物入りで設立された「新しい資本主義実現会議」。
公然と今後の日本企業と日本経済の更なる成長のためには、ジョブ型人事に移行することが必要であり、政府主導でその導入を推進するとしてきました。そして、あろうことかこのオリンパスのジョブ型人事制度は模範例であるとして令和5年の分科会で紹介された3社の一つであり、令和6年のジョブ型人事指針でも導入企業20社の事例として公表し日本企業は参照してジョブ型人事の導入方法として検討するように呼びかけているのです。導入には雇用助成金までつけるという念入りで進めてきました。その結果、日本企業の半数近くはジョブ型雇用もしくは人事を導入、もしくは導入を検討しており、その割合は年々高まっているようです。いったいどう始末をつけるのでしょうか。
この流れをつくった政府にも強くモノを申しました。
遡ること2022年10月31日、第963号にて「新しい資本主義に断固反対する」を発信しました。
当時、前岸田政権が打ち出した「新しい資本主義」にかかわる施策の概要が判明し、それをみて愕然としたためにこのような強いタイトルにしたことを思い出します。ジョブ型で労働者は幸せになるのか?と訴えました。長くなりますが、あえて引用させていただきます。
職務を明確にして専門性や能力を重視する「ジョブ型」雇用の普及に向け、仕事内容で賃金が決まる「職務給」の採用を促す、日本で長年続いてきた年功制の雇用形態からの移行を図る、仕事の内容に応じて給与が決まる職務給を導入した中小企業に助成を行うなどとしています。
職務を明確にして専門性や能力を重視する「ジョブ型」雇用の普及に向け、仕事内容で賃金が決まる「職務給」の採用を促す、日本で長年続いてきた年功制の雇用形態からの移行を図る、仕事の内容に応じて給与が決まる職務給を導入した中小企業に助成を行うなどとしています。
加齢とともに豊かな生活ができるように賃金カーブが設定されていることは、人としてなにより幸福の実現のための下支えになります。
年功序列、終身雇用が悪なのでは決してありません。それを実現できない近視眼的な企業経営のあり方が問題なのです。これこそが問題の本質論のはず。
問題設定をすり替え、さらに問題状況を悪化させることを政府が血税を使って実施しようとしています。ジョブ型はさらに短期思考の成果主義を蔓延させ、不幸な労働者を量産させる結果になることは確実です。新しい資本主義の正体がこれならば失望しかありません。断固反対いたします。
まさしく不幸な労働者をジョブ型雇用は、量産してしまっているではないですか。オリンパスの事例は特殊なのでしょうか?答えは否です。目先の利益追求そのものの業績軸の思想がジョブ型雇用の骨子なのですから。このことはオリンパス以外のジョブ型雇用に走った企業でも早晩、その破綻が次々に出てくることできっと明らかになってくるでしょう。それについては引き続き当通信も重大な関心をもって追跡していきます。
ジョブ型雇用を着目させた人的資本経営が諸悪の根源である
ジョブ型雇用を着目させたのは2020年に登場してきた「人的資本経営」です。経済産業省が公開した通称「人材版伊藤レポート」を皮切りに広がりはじめた経緯があります。
そのレポートでは、「新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金に代表される日本型の雇用慣行はその強みを活かして成長を遂げてきたが、現在では、その安定性・均質性の過度な高さが、かえって急速な変化への適応を困難にしていると指摘。そして旧来の囲い込み型ではなく、企業と個人が、互いに選び選ばれる、多様性のあるオープンな雇用コミュニティの形成のためにもジョブ型雇用の促進が求められる」と説いています。レポートは2.0、3.0とバージョンアップされ何故かジョブ型というワードが使用されなくなっていますが、2024年10月の段階で、オリンパスを模範例に選定したジョブ型人事指針策定の重要な委員として伊藤氏は活動されています。
感じた強烈な違和感
人が資本と言いながら、なぜジョブが優先するのか、この「人材版伊藤レポート」を読んだときに強烈な違和感をもったことを今でも覚えています。
しかし、覆水盆に返らずで、前述のとおり、これにもろに影響を受けた政府は率先して政策誘導してしまいました。そして行き詰まりがみえてきました。ジョブ型雇用は人本経営が忌み嫌う目先の利益追求そのものであることが公然となってきました。これから大変なことになってきそうです。
看過できないので声を大にして何度も繰り返し言わせていただく。
永続のために実践すべきは、断じて人的資本経営でなく人本経営です。
皆さん、もう信じていただけますよね。
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