第925号 人的資本経営への期待とその危うさ

第925号 人的資本経営への期待とその危うさ

人的資本経営への期待とその危うさ

金融資本主義偏重から人的資本主義重視へ、世の中が大きく動き始めていると感じます。
人を大切にする人本経営の重要性を訴えてきた立場としては、
ようやく社会が追いついてきたかという感覚ですが、
人本ではなく人的資本という表現に、ぬぐい切れない違和感と不信感を強く感じています。

人的資本経営とは

経産省では、人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、
その価値を最大限に引き出すことで、
中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方であると明確に定義しています。

人的資本というワードがここまで注目視されるようになってきたきっかけは、
2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)が、上場企業に対して
「人的資本の情報開示」を義務づけると発表したことが端緒とみられています。

これにより、人的資本経営の流れは加速してきました。
遡る2018年12月、国際標準機構(ISO)は、人的資本つまり企業における
人事・組織・労務に関する情報を開示するためのガイドラインとして、
ISO30414を公開しています。

今後、この規格が情報開示の国際基準として世界に潮流になってきたというのが現況です。
日本では、東京証券取引所が2021年6月に、
人的資本に関する情報開示という項目を追加しています。

人的資本を開示せよという要求をしてきたのは、機関投資家であり、
適切に人に対する投資をしている企業のほうが持続可能性が高いと判断できるので、
投資の判断材料として情報提供を求め株式市場が呼応したという筋立てです。

人的資本経営の議論は、あくまで視点は投資家の目線にあるのです。

人的資本経営は人本経営にあらず

人を大切にする経営学会の会長を務める坂本光司教授は、
そのご著書「人を大切にする経営学講義」(PHP)において、
「人を企業の最大の資本、経営資源ととらえ、
その生産性を高める経営を人本経営と論じている関係者もいるが、
筆者の提唱する人を大切にする経営学はそうした経営学とは大きく異なる」
と喝破されています。

本通信でも提唱している人本経営では、
経営の三要素といわれているヒト・モノ・カネを同列では考えません。

その目的は、企業経営にかかわる人が幸せになっていくことにおかれ、
モノ、カネは、その目的実現のための手段や道具と評価・位置づけています。

人的資本経営を巡る議論をみていて、人に着目をするのはいいのですが、
何のためと問うたとき、そこで働く人々の幸福度を高めていくことが第一ではなく、
投資家に持続可能性の高い企業の選択眼を肥やすためにということが第一に展開されています。

それが目的、すなわちファイナンス(会社が事業のための資金を調達・運用すること)の議論として
人的資本に焦点があたってきたということが実相なのです。

人を大切にする経営、あるいは人本経営という言葉に親しんできた方は、
人的資本経営は、われわれが提唱する人本経営とは、
似て非なるものであるという認識をまずしてください。

そのうえで、ISO30414では、
組織風土やエンゲージメントが指標として重視されていますので、きっかけはなんであれ、
結果として、人を大切にする経営が世に広まっていくのならば歓迎したいところですから、
今後、頭から否定せずに向き合っていこうというスタンスでおります。

ただ、もし企業が投資誘発のために人的資本経営を進めていくということなら、
全ステークホルダーの福徳円満という人本経営が目指す、
あるべき姿とはかけ離れていくということが容易に想像できます。

人的資本経営の論点は幸せ軸でなく業績軸におかれていること、
ここに危うさを感じつつ、
世の中が真に人を大切にする資本主義社会へ前進していく機会になれば
という期待も込めたい2022年初頭です。

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