第850号 人本経営のルーツ探訪Ⅰ 近江商人
2020.7.6
人本経営のルーツ探訪Ⅰ 近江商人
人を大切にする人本経営のあり方や実践法について、これまでいろいろな角度から考察し、レポートを重ねてきました。特に伊那食品工業をはじめ、業績軸とは明らかに一線を画して、現在、確固たる存在となっている全国各地の優良企業をベンチマークして参りました。事例研究を重ね、「いい会社」づくりには普遍的な法則性があるということも突き止めることができました。
研究をしてきて、人本経営のあり方に、過去に日本で育まれてきた思想や哲学、そして試行錯誤をしてきた偉人たちの過去の遺産が大きな影響を与えているということを意識するようになってきました。いわば道といえるルーツ、土台があったからこそ、わが国に人本経営が、今、形づくられることができているのではないかと悟り始めています。
そこで、今週号から、人本経営のルーツを探るシリーズをレポートしていきたいという考えに至りました。その第1回として、近江商人を取り上げていきます。
江戸時代に、近江(滋賀県)に本店を置き、全国各地を商圏として活躍した近江商人は、いわゆる三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)の精神で、調和善循環を実現し、持続可能性の高い商売を実現させたことで有名です。伊藤忠、丸紅、双日、兼松など総合商社の多くや、大丸や高島屋といったデパート、それにトヨタ自動車も近江商人系です。一説には、世界最多を誇る社歴100年以上の長寿企業の半数は近江商人系といわれています。その商人道には永続を実現しうる哲学があることは疑いようがありません。
人本経営のベンチマークでお世話になっている関西を代表する長寿企業の天彦産業も、れっきとした近江商人の系譜として有名です。
【近江商人の思想、行動哲学】 ※参照…ウィキペディア
■始末してきばる
「始末」とは無駄にせず倹約することを表すが、単なるケチではなくたとえ高くつくものであっても本当に良いものであれば長く使い、長期的視点で物事を考えること。また「きばる」とは本気で取り組むこと。
■利真於勤(りはつとむるにおいてしんなり)
利益はその任務に懸命に努力した結果に対する「おこぼれ」に過ぎないという考え方であり、営利至上主義の諫め。
■陰徳善事
人知れず善い行いをすることを言い表したもの。自己顕示や見返りを期待せず人のために尽くすこと。
それぞれ年輪経営、利益はウンチ、忘己利他、すべて人本経営のあり方にズバリ当てはまります。また、近江商人が繁盛した理由として「先義後利」の精神があったということが指摘されています。江戸時代、近江国を離れ、当時は外国であった日本各地を諸国漫遊していく訳ですが、童門冬二氏によれば、近江商人は他国で商売しても正貨を持ち帰らず、売った分、その土地の名産を買ってくるということを繰り返し、各地の大名にとても喜ばれることをしていったそうです。
「士農工商という身分制度が存在していた」とかつて歴史教科書では教えていましたが、最近ではこの言葉は教科書から削除されているようです。忠孝に優れた武士が特権階級で、農は農作物を、工は様々な製品などを作り出すので次に価値があるが、商は自らは何も生み出さず、ただ他人の作った「物」とお金をやり取りするだけの、最も卑しい仕事だという説がまかり通っていましたが、士農工商は身分制度ではなく、それぞれ職業の規範として示されていたという解釈が今の歴史学の常識となっているようです。
たしかに武士に武士道があったように、近江商人が大事にした哲学には商人道ともいうべき高い倫理観に基づく規範があるように感じられます。
翻って、現在を生きる我らにとっても、商人道という価値観を強く意識していくことが求められてきているのではないでしょうか。経済最優先で行動を決していくことから、真に世のため人のためになる決断をして、質素でも堅実に生きていく道を求めて生きていきたいと感じます。民主的な香港を共産主義に塗り替えた中国とは、今後、経済合理性という観点で取引をしていくこととは一線を画し、依存しない関係性を築くことが、長い目で見ればわが身を救うことになると近江商人の思想、行動哲学は教えてくれています。
人本経営を貫く経営者には、ぜひ、それを実践していただきたいと心から願っています。
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