第708号 利他についての最新理解
2017.10.30
利他についての最新理解
マズローの欲求5段階説では、生理的欲求、安全の欲求という低次段階の欲求は物質的欲求として示されています。衣食住足りて礼節を知るという通り、人はまず日常生活に困らないことを望みますし、それが満たされていると満足感を得ていきます。思えば戦後は、全国が焦土化され焼け野原だったわが国は、もう一度豊かさを取り戻そうと勤勉なわが国民は武器を道具に変えて、熱心にモノ作りに励み、米国に次ぐ世界第2位の経済大国になりました。世界に名だたる企業が製造業を中心に輩出されていきました。大きいことはいいことだと拡大再生産の経済至上主義で社会は目覚ましく発展し、豊かさを手に入れました。物があふれ何不自由なく生活ができるようになった頃、バブル経済が大崩壊いたしました。
■マズローの指摘する自己実現の欲求の本当の意味
マズローは物質的欲求が満たされると、愛と所属の欲求、承認欲求という精神的充足を満たそうというステージに人の欲求は昇華すると指摘しています。家庭でも職場でもより良い人間関係を築いていきたいと望み、そうした環境が得られるとその中で、より人の役に立つこと、そして相手に感謝されることを喜びにしていきます。日本理化学工業の大山泰弘会長の指摘する究極の4つの幸せの世界です。そして、そうした環境が満たされていると、自己実現の欲求に至ると展開されています。企業経営でいえば、職場での人間関係の質を高めていくことを目指す人本経営は愛と所属の欲求、承認欲求を持続的に満たし続ける環境をつくっていくことにほかなりません。それが実現していくと社員一人一人の自律自発性が優れるようになり、全員主役のやらされ感のない企業文化が出来上がっていきます。マズローが言うところの自己実現の欲求は、けっしてエゴを充たすということではなく、自律自発性が発揮されて主体的にイキイキと生きている状態を実現するということではないでしょうか。
そして、晩年、マズローは自己実現の欲求の上に、さらに上位の概念があると指摘して他界しました。それは自己超越の欲求というものでした。この指摘を知った時なるほどと納得させられました。その欲求は、人本経営の体現者である経営者の多くが、何より大事にしている利他の精神に他ならないと感じたからです。
■まず自利利他を実現する
ある会社では自利利他を実現しようと経営者は社員に説かれていました。
「利他を実践すれば、いつかは巡り巡って自分の利益になる」というような考え方ではなく、「利他の実践がそのまま自分の幸せなのだ」という状態を全員で実現させていく。
同じく自利利他を掲げている別の経営者は、会社周辺の清掃を買って出ていますが、一回り奇麗にしたところ戻ってくると、またタバコの吸い殻捨てられていたら、この時こそ自利利他の発揮だと言っていました。せっかく奇麗にしたのにまた捨てやがってと思っては、吸い殻を捨てた人と同じレベルになってしまうので、そうではなくまた奇麗にできると喜んで吸い殻を拾う意識になることが自利利他だというのです。確かにそういう状態でいられたら、幸せ感は充満しそうです。まずこの自利利他の状態の実現を目指していきましょう。
■そして、忘己利他へ
人本経営実現に成功した経営者の方から、「おれがおれがの我を捨てて、おかげおかげの下で生きる」ことの重要性を何度となく教わって参りました。伊那食品工業の塚越寛会長は、自利利他からさらに進んで忘己利他が大切だと説かれています。自分という価値観、すなわち主観は、世界に70億の人間がいる中で、唯一無二たった一つしかないのです。他人と自分は違って当たり前、我を出さないというくらいでちょうどいいのではないでしょうか。ここに傾聴するということの重要性があるのだと結論づけができるようです。自分の主観という思い込みで相手との関係をつくっていくのではなく、まず相手側に立ってみて、なぜそう考えるのか、行動するのか尋ねてみる、そして聴く姿勢をもつことで他者理解がはかられ、自己認知とのズレが回避され、相手との関係の質が高質になるであろうことは明白でしょう。
■孔子も説いていた人の最高の成長段階
孔子は、人は50にして天命を知るとしました。マズローのいう自己実現の段階でしょう。そして還暦である60にして耳順いといいました。天命を全うしている状態でも耳順、すなわち傾聴、すなわち忘己利他に至れといっているのです。マズローはこれを自己超越と呈示したのではないでしょうか。
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